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  篠浦辰徳選手インタビュー

  今季のえんじのエース、篠浦辰徳選手に会ったのは彼がまだ大学2年生の12月、当時の4年生である後藤信二選手(平14年卒)との対談形式の取材の時だ。落ち着いた物腰でチーム全体のことを口にする「上級生」である後藤とは対照的に、良い意味で自分に一生懸命な「下級生」であった篠浦の姿が印象深い。それ以降篠浦とは頻繁に話をするようになったけれども、会うたびに意志の強い表情に変わっていく彼から目が離せなかった。





 

篠浦辰徳選手プロフィール
早稲田大学人間科学部スポーツ科学科4年
松山北高・愛媛県
出身
1万メートル自己ベスト・28分57秒56

――今季の箱根はワセダの4年生エースとして挑むわけですが、この4年間で一番成長したと思うことは何ですか?
 (陸上に対する)基本的な信念は変わっていないのですが、学年が上がるにつれて気配りやチーム全体のことを考えるようになりましたね。下級生の時は下の学年に何かを教えてあげよう、とか考えていなかったのですが特に昨年の箱根駅伝のあたりから、それをやらなければ下の学年に悪い影響が出てしまうのではと気づきましたね。

――基本的な信念?
 みんなの見ていないところでも努力することですね。何でもそうだと思うのですが、練習をやるにしても中途半端であったりただ走るだけ、になってしまうと自分の身にもつかない。練習には意味があるわけだから、その意味をひとつづつ解釈する必要しないと。

――それが下級生の時から変わらないということですか?
 そうですね、(競走部の)寮に住む1年生は掃除などの当番があるのですが、僕は絶対手を抜かなかったですからね。廊下の掃除は雑巾がけをした後モップで拭かなければならないのに、上級生が寮にいないとモップがけしかしない人もいるんですよ。でもここで手を抜くと走ることにも手を抜くことになってしまうのでは…、と思って絶対雑巾もかけてましたよ(笑)。4年になった今思うのは、僕がちゃんと走れるのも人が見ていないところでも手を抜かなかったおかげだって思っていますね。

負けず嫌い


 

昨年の箱根駅伝では3区を区間3位で走りきった。

――選手として順調に成長してきたという印象を受けますが、入学当初はどんな選手でしたか?
 高校の時は長距離は全くだめで、5回くらいしか走っていないけど5千メートルは15分3〜4秒かかったもの(現在は14分2秒)。3千メートル障害までしか速くなかった。だから大学入学当初はとりあえず1キロを3分程度で走れて、箱根駅伝に出てちょっと有名になれればいいかなと思っていました。それで地元に帰って学校の先生になりたかった。

――それが今では卒業後、企業で選手生活を続けられるわけですが。
 ヱスビー食品で競技を続けますが、とにかく世界に出れるような選手になりたいですね。もう何であれ世界に出たい。まずは5千、1万メートルで勝負できる力をつけて、その先に(関東・全日本インカレでは二冠、日本選手権では4位入賞記録を持つ)3千メートル障害があると思っています。

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(TEXT=近藤優美子、PHOTO=斉藤美穂、近藤優美子、編集部)

 

 


 
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