学生による早稲田のスポーツ応援プロジェクト「ワセダウィルウィン」は終了しました。現在はアーカイブとして公開しています

学生による早稲田のスポーツ応援プロジェクト「ワセダウィルウィン」は終了しました。過去のサイトはアーカイブとして公開しています

アーカイブ(PC用サイト)
SHARE

[最終企画] 座談会:平成最後に「早稲田のスポーツ」を語ろう

10: 平成の終わりに2019/04/17

神原

平成最後に「早稲田のスポーツ」を語る鼎談も、終わりに近づいてきました。改めて、早稲田のスポーツの価値を掘り下げたいと思います。

国が平成13年(2001)に制定した「スポーツ基本法」によれば、「スポーツの価値」のひとつに、〈国民に誇りと喜び、夢と感動を与え、国民のスポーツへの関心を高める〉という記述があります。これを早稲田のスポーツに落としこむと、「早稲田に対する誇りと感動」ということになるのでしょうか。一方で、「スポーツ基本法」には、〈スポーツは、人と人との交流及び地域と地域との交流を促進し、地域の一体感や活力を醸成するもの〉とも書かれています。

その意味で言えば、早稲田大学には所沢や東伏見といった地域とのつながりがあり、平成24年(2012)からは体育各部による「早稲田スポーツフェスタin東伏見」といった活動も行われています。僕らの時代に「地域活動を一生懸命やりたい」と言おうものなら、「練習から逃げるのか?」と言われてきました。そんな空気感も、この平成の時代に大きく変わってきたと思うのですが、いかがでしょうか?

友添

時代も大きく変わってきて、たとえば、長時間練習が本当にいいのか? という議論も当たり前になってきました。この20年、早稲田もそうだし、日本のスポーツ界全体を見ても、スポーツ科学の進化というのは目覚しいものがあります。

特に早稲田スポーツの場合は、スポーツ科学部の教員の研究成果を直に享受できるポジションにいるわけです。そう考えたときに、今までみたいに根性式の長時間練習ではなくて、できるだけ時間を縮めて、体育各部の部員のワークライフバランスをちゃんと考えてあげなければいけない時期に来ています。

神原

まさに、時代的な流れですね。

友添

早稲田に来て、朝から晩まで練習して、4年間過ぎて卒業してから学生生活を振り返ったときに、練習と試合しか思い出がない、なんていうのはあまりにも悲しい。

いろんな交流があったり、違う活動があって、そのなかでもっとも大事だったのは体育各部でやったきたこと。でも、それだけじゃないネットワークもあった、という大学生活にしてあげたいと思うんです。だから、できるだけ短時間でやれるような効率のいい練習プランを推進していく必要がありますね。

神原

ありがとうございます。木村先生はいかがですか?

友添

その前に、ちょっとなんか変な言い方だけど、こんなに議論してきた僕も木村先生も、二人とも早稲田の卒業生じゃないというね(笑)

木村

そうなんだよ。だけど、体育会でスポーツに打ち込んできた出身者として通じるものはありますから。

友添

ひょっとしたら、早稲田の出身者よりも体育各部についてはよく知ってるかもわからない。外部からの視点があったからこそ、問題意識も見えたというメリットがあったんだろうなと思っています。

木村

スポーツでもなんでも世の中が偏るときに、健全な批判精神を保持して、方向を間違えないようにリーダーシップを取れるような人材が早稲田のスポーツからたくさん出てきてほしいですね。

でもまあ、やっぱりちょっと不安。中央集権的、自国主義的な、あるいは保守的なムードが漂っている昨今の日本のなかで、スポーツを通じて健全な批判精神を保ち続けることができるのか?2020年以降、日本社会が落ち込んでいくなかで……しかも地方はもっと疲弊してますから。もう予算もないし、スポーツ施設も老朽化して修繕するお金もない。人口は減る一方で税収も上がってこない。

神原

厳しい現実が待っていると。

木村

それでも一応、世界第3位の経済大国なわけじゃないですか。その「経済」的側面がスポーツ界にもっと回ってきていいんじゃないか、と思います。そういう意味でいうと、日本の政治や行政はやっぱりスポーツの価値をちゃんと認めてないということだと思うんです。「メダル主義」なんていうのは、完全に発展途上国型のスポーツ政策です。そんなのもう脱却しましょうよ。ちゃんと予算つけましょうよ。一般国民のための施設がもう大変なことになってますから。

そういう価値を早稲田大学が体現していって、早稲田の学生もスポーツの価値というものを共感していく。価値が共感されれば、そこにお金を出そうと思うはずなんですよね。

友添

この『WasedaWillWin』という単語にある「Win」には、単に競技に勝つという意味だけじゃなくて、現状の早稲田スポーツのありかたに対して果敢に挑戦する、という思いが込められているんだと改めて感じています。いずれにせよ、日本の、あるいは早稲田のシステムが大きく変わろうとしている時期にさしかかっているのは間違いない。

日本のスポーツ界が低迷していた2000年に『WasedaWillWin』が立ち上がったように、今こそまた違うプロジェクトが生まれてもいい。それぐらいの社会の変化なんじゃないかと思います。

神原

そうですね。そういう動きが、また学生から沸きおこってくれると嬉しいです。

友添

またある日突然、変な学生が怪しい企画を持って、着任したばかりの教員のところに来るかもわかんない(笑)

木村

早稲田には個性的な学生がまだまだたくさんいる、というのは変わっていません。平成から「令和」に元号が変わっても、変な人間は早稲田にはちゃんといますよと(笑)


平成最後に「早稲田のスポーツ」について語ろう:記事一覧

10のキーワード別記事を読む

アーカイブ

学生によるスポーツメディア
「ワセダウィルウィン」
2000-2016アーカイブ